人類最後のクリスマス?

 

 

 

2015年のことですが、ローマ教皇が、

「現在の人類は、もはや末期的状況にあり、このままでは来年は見るも無残な有様となるでしょう」
「各地で戦争が続いています。世界は飢え、焼け焦げ、混沌へと向かっているのです。もはやクリスマスのお祝いなど、今年で最後になりそうです」
「平和への道が拓けない限り、日々増え続ける罪のない犠牲者たちのために涙を流さなければなりません。そして許しを請うのです。神やイエス様とともに涙を流すのです」

・・・という趣旨の発言があったというニュースがありました。

 

今年のクリスマスは・・・・日本でも大きな事故がありました。

英国がEUを抜け、米国では大統領が変わり、タイではカリスマ的国王が亡くなられ、キューバではカストロが逝きました。

来年にかけて、日本だけでなく世界で「ひとつの節目」を迎えている気もします。

 

何と言いますか、ローマ法王庁というのは今も昔もスゴイのです。

「信仰」の名のもとに一般庶民の問題や悩みから、貴族社会・大統領とも通じています。これらから入る情報量と正確性は、各国の諜報機関の米国のCIA、大英帝国のMI6、イスラエルのモサド等の機関に勝るとも劣らないと言われています。

さて、話は変わりますが、日本では、西洋の祭祀は「飯のタネ」として商業利用されているのは当たり前で、一般庶民も随分と踊らされています。日本には八百万の神様がいるから・・・一神教じゃないから・・・という理由もあるかとは思いますが、今の経済界の人間が欲深いだけじゃないかと。多くのブラック企業が裏ではびこるクリスマス・・・。

 

バレンタインはいうにおよばず、ここ最近でようやく根付いたハロウィン。そして最近ではイースター。今も昔もクリスマスは最大イベントです。

 

 

「ハロウィン」の起源にドルイドが絡んでいるのはそこそこ知られておりますが、クリスマスも例外ではありません。むしろ「キリストの誕生日」よりも深いのかもしれません。

とりわけクリスマスの開催時期についてはドルイドの影響が大きいと言われています。世界各地で「冬至」を境として再び太陽が命を取り戻す、つまり日が長くなる(陰が終わり、陽が始まる)その時期に何らかの祭祀を執り行うことは珍しくありません。

その「冬至」の前後にドルイド達が行っていた祭りと、キリスト教文化が融合して、クリスマスという形になったといいます。

 

ドルイド

古代ケルト宗教であるドルイドの祭司を指す。ケルト社会の最上位を占める階級をなし、王にもまさる精神的権威を認められ、宗教と魔術に留まらず裁判や若者の教育、病気の治療などにあたった。ドルイドについては、カエサルの『ガリア戦記』に記述がある以外資料に乏しく、いまだ謎が多い。霊魂の不滅を信じ、占卜(せんぼく)により政治的・法的決定をなしたといわれる。また、神殿を持たず森において自然とともにあり、神、来世、天球の動き、未来などに通暁する賢者でもある。ドルイドとは「完全なる知識を有する人」の意味もある。しかし、この知識・知恵は種族の優れた若者に限って口伝えされ、その内容は皆目不明である。

 

 

自然崇拝的なドルイドの祭祀である以上、樹木が重要な役割を持っています。かつては、彼らの儀式では神木に生け贄として人間を吊るすなども行われていました。今日われわれも飾るクリスマスツリーにぶら下がっている人形というのは、そういう意味では相当に重みのある象徴と考えてもおかしくはないのです。

 

 

性善説の敗北  

 

レッスンを終えてスタジオを出、寒空の下、パーキングへと歩きます。

道路に面した通りなので、そこまで暗くありません。

 

夜道を歩きスマホしながらでも平和に歩けることがどれほどありがたいことでしょうか。

 

 

ドイツでアフガニスタン人の移民が、19歳の大学生をレイプし、殺害した疑いで逮捕された。殺害された学生は、欧州委員会高官の娘マリヤ・ラデンブルガーさん。ラデンブルガーさんは、難民収容施設でボランティアとしても活動していた。デイリー・メール紙が報じた。

ラデンブルガーさんは、スイス国境に近い大学町フライブルクで、10月16日に遺体で発見された。調査情報によると、ラデンブルガーさんは15日夜、イベントから自宅に向かう途中で男に襲われ、レイプされ、川で溺死させられた。容疑者は12月2日に拘束された。ラデンブルガーさんの父親のクレメンス・ラデンブルガー氏は法務博士で、欧州委員会の法務部責任者の補佐役を務めている。

Sputnik日本 2016年12月05日 18:19
https://jp.sputniknews.com/incidents/201612053086633/

http://www.express.co.uk/news/world/739620/Maria-Ladenburger-murder-EU-official-daughter-killed-by-refugee-Aghan

関連:【画像あり】女子学生を強姦殺害、アフガン難民を逮捕 ドイツ
http://hosyusokuhou.jp/archives/48778897.html

 

 

実に痛ましい事件です。
さらに「川で溺死させられた」というのが隠蔽工作じみていて、とても不愉快ですね。

 

日本ではマスゴミの「報道しない自由」発動と「多文化共生」という甘言にどっぷりなので、ダメダメですが、

「移民」とは、こういうことも含めての移民なのです。

多文化共生という、偉大で崇高な理念のためには多少の凶悪犯罪なんてご愛嬌。
文句を言う暇があったら、移民支援充実のために税金を払うべきです。
移民のために、ドイツ国民がその身を捧げ犠牲になって全世界に模範を示せばよいでしょう。

バカの見本をね。

 

合理主義の中国、ロシアは絶対に移民を受け入れない。
英国がEUを脱した時点ですでに回答はでています。
そして、「口ではヒラリー。裏ではトランプ氏へ」のトランプ氏の大統領当選。
アメリカ人が内包する反グローバリズム。
アメリカも中国、韓国、ヒスパニック系の移民(不法移民)への不満が大変高いのです。

 

 

さて、(日本では予想通りニュースにすらなりませんが)今回も政府高官の娘さんが被害にあったから取り挙げられたのであって、これが庶民なら取りざたされることもありません。実際的に強盗なり強姦なり被害に遭うのは庶民です。

 

人種・民族間には紛れもなく民度や倫理観や能力諸々に差があると思います。
たとえばある地域では宗教的問題等から紛争が絶えずお互い妥協や譲歩する事もなく、この時代になっても未だ国家としてまとまりがつかない。そんな国からの移民を受け入れてくれた挙句の所業。

すべての人間には良心があるとか、罪を憎んで人を憎まずとか、薄っぺらいきれいごとは捨てろとはいいません。ちょっと横に置いておく必要があるとは思います。

 

日本人は「お花畑」が多すぎます。
戦後の教育のせいもありますが、例えばテレビ番組などで気のよさそうな外人(テレビ局が都合よく選び抜いた観光客)ばかり見ているせいか、どうにも善人説がこびりついているようです。
自分がごく一般的な良識持ってるからと言って、他の人間がそうとは限らない。同じ日本人同士ですらそうなのに、
国・民族が違えば尚更というのは言うまでもないと思います。
同じ人間だから分かり会えるとか、それは理想だが妄想でしかありません。
日本人が世界で歓迎されていると信じているのもバカげた話です。何の因縁も無しに、裕福で暮らしやすそうな国に住んでいるから(日本人が日本から)いなくなればいい、と本気で思っている人たちもいます。

また、移民のすべてがまともな教育を受けているとは限りません。なぜ移民になったのか。政治的理由とか戦争被害者とか、そればかりではないでしょう。そもそもなぜ祖国で仕事が見つからなかったのか?祖国を捨てるとかどういうことか? その結果の「移民」ということを考えた方が良いと思います。
可哀想と同情するのは構わないですが、被害者たちは全員が大人しく善良で無力なわけじゃないのです。想像を絶する凶暴な犯罪者だって、移民・難民にはなれます。
人道だ、人権だと言葉尻だけで捉えず、現実に根ざした判断をすべきでしょうね。

 

何より、私の親兄弟とか親しい人間が万が一の被害に遭うのがイヤで堪りません。

移民にとって移民先の国は「ボーナスステージ」です。
得るものはあっても今更失うモノは何もない。

まして日本の警察にはまかり間違っても殺されることはない。

近年、日本人を6人も包丁で殺したペルー人の事件があったのも「喉元過ぎれば・・・」。
(そのペルー人は自国で殺人を犯して日本に逃亡)

 

もっとも被害をこうむるのは我々一般庶民です。警察だってすぐに来てくれないです。
私だちは相手を人間だと見ていても、相手は私たちを人間としてみているのでしょうか?
ただの標的・獲物としてしか見ていないかもしれません。

女性とか子供とか年寄りとか弱い立場の人が犠牲になるのは辛いです。
そして、それを守ることができない男性がたくさんいるのも辛いです。
自分の身は自分で守るというのも限界があります。

自分の身は自分で守るのに限界がありますが、こういうところで自分の国を自分達で守るのは、限界があるでしょうか? もっと一人ひとりの日本国民の意識が変わると良いのですが。

夜に「歩きスマホ」なんてできない時代が来る可能性だってあります。
自転車なんて待ち伏せをくらって横からモノを投げつけられれば一瞬で転倒してしまいます。
パーキングで車に乗る瞬間、襲われる可能性があります。

日本が不逞外国人の「狩り場」になってしまうことも、大げさではありません。
まして相手は何ひとつもっていない「文無し」です。被害の賠償だってできないのです。

 

歩きスマホはし放題。最悪、路上で寝ていたってそうそう襲われないあたり、あまりにも平和すぎる「今」には感謝しかありませんが、それもいつまでも続くやら。

 

既に事実と正義はあります。あとは世論を動かす建前論が必要です。この建前論は決して美しくありません。本質的には非常に醜い。それでも構築しなくてはならないでしょう。
日本でも犠牲は確実に増えています。報道されない限り、それは存在しないという恐ろしさ。

そんな日本では、非常に重要であるトランプ氏の大統領就任までの動きや世界の情勢などがある日を境にぱったりと報道されなくなり、国際的にみて重要ではない隣国の茶番劇ばかりが報道されています。

移民の問題は「軒を貸して母屋を取られる」というレベルではありません。

 

いくつかの民族は、なぜ自分たちの土地を捨てて他国に侵入し、そこで国を創るかの理由だが、これは戦争の一種と見るべきであろう。この人々は、戦乱によるか飢餓のためかして、やむをえず家族ともども侵入してくるわけだが、この種の侵入は、領土欲に駆られてではない。とはいえ、先住民族を追い出したり殺したりすることにおいては、変わりはないのである。だからこそ、通常の戦争よりも残酷な様相を呈する場合が多いのだ。

この、やむをえずにしても新天地を求めて侵入してきた民族がもしも非常に多数の人間からなっている場合は、必ずと言ってよいほど先住民族を追い出し、殺し、財産を奪った果てに新国家を建設するようになる。

マキャベリ『政略論』

 

 

古代ユダヤやローマ帝国に限らず、新大陸発見後の原住民がどうなったでしょうか。中国は昔からそれの繰り返しです。チベットやパレスチナは20世紀になっても、モーゼの時代と同じことが起きたくらいです。

 

戦争は兵器・軍事から経済競争へ。そして、人道をもって戦争をする時代になってきたのかもしれません。
余談ですが、インドのガンディーが非暴力で成功したのも相手が「大英帝国」だったからで、スターリンやポル・ポトだったら通用しなかったろうと言われています。これは、まぁ、毛沢東も全く同じで、我が国はその隣に位置してます。

 

ムンクの叫び 動く名画

実に久々のブログです。

試運転ということで軽めのネタで。

 

誰でも聞いたことがあるであろうノルウェーの画家・ムンクの「叫び」。けっこう盗まれていることでも有名で、インパクトと知名度が高いデメリットでしょうか。

 

で、このたびめでたく日本で立体化されました。

このあたりの超絶技巧はさすがというべきでしょう。

セットでのお値段は5370円(税別)。

GOODSMILE ONLINE SHOPで2016年11月30日21時まで予約受付中。おひとり様3つまで。

 

 

 

既にこういうのは持っておりますので。

 

時、既にヴァレンタイン

なんというか・・・今年は特に年末年始という感がなかったですね。ダウンタウンの「笑ってはいけない・・・」は途中から観てましたけど、元日は朝から出勤でしたし、気が付けば既に七草粥も過ぎて発表会が目前という。

デパートやモールなどでは既にチョコレート売り場が出来ております。時はすでにバレンタイン。福袋の次はチョコレートですかそうですか。

三越伊勢丹の社長は「休む正月に回帰する」と云ってましたが、寝正月派の私にとっては大賛成ですね。世間を見ていると「何か動かないと、買わないと損」的な強迫観念に駆られているような気もします。気ぜわしいことです。

 

年末年始はお笑い番組を見ながらゴロゴロしているのが最高なのですが、ここ最近は面白いコンビが多いですね。昨年の「キングオブコント2015」優勝の「コロコロチキチキペッパーズ」(以下コロチキ)のコント「卓球の試合」で使われている曲が気になっていました。

 

 

 

原曲となった「surface」の『 さぁ!』

 

 

さらに、

「まもって守護月天」というアニメの主題歌だったんですね。
1998年10月放送開始なので、およそ17年前の曲です。「surface」は近年解散してしまったようですが。

もちろんコロチキのコント「卓球の試合」の完成度の高さもあってのことですが、話題になっていますね。
切り口でいくらでも違った印象を受けるということでしょうか。

目の付け所と料理の仕方・・・・優勝しただけあって見事だと思います。

そういう意味では、これ↓

twwiterで出回っていた画像です(笑)。

ドラマティックな一言

先ずはリハーサルに参加された皆様、お疲れ様でした。

周りをグルリと見回してみると、とても慣れた観もあり、緊張の面持ちの観もあり、なんだか「らしく」なってきたなぁと思います。
「こうでなくっちゃなぁ・・・」と感慨深いふりをしてリハに臨みました。

 

なによりも。

久しぶりに片山さんのお姿を見た以上にうれしかったのが、

「amemuraさん、久しぶりやね」
なんとドラマティックな一言でしょう。

リハーサルの、それも本当に踊る直前に、目の前に鎮座する片山さんがそう声を掛けてくれました。握り拳をギュっとする程度のお応えしかできなかったものの、あまりにも美味しすぎるタイミングでの一言。これ以上遅くてもいけないし、これ以上早くてもいけなかった。まるでマンガか映画の一コマ。まったく・・・・・心から嬉しくなりますね。

こんな「大人しい」格好じゃ収まりがつきませんねぇ(笑)。
こんなおとなしい格好でも、BILLON先生に「かっこいい」と値千金なお言葉を頂戴し、恐悦至極に存じマス。

 

 

さて、間もなくクリスマスですが、商業主義に汚染されまくったイベントの代表格のようなもので。

なんといいますかね「商業主義」という人間が造りあげた一種のフェティシズムなわけですよ。人が作り上げた幻想であり物神であり、それに心底隷属することを至上の喜びとする、いわば崇拝する「新宗教」です。かなり悪い意味において人間があれこれ試行錯誤して作った体系をありがたがることで、かつそれの「奴隷」として支配されることです。クリスマスを企業の演出の奴隷としてまさに「宗教化」したイベントとして過ごすことは避けたいと思っている今日この頃です。

 

というわけで、このブログで毎年恒例のクリスマス批判も今年で何回目になるでしょうか?(笑)

12月も半ばを過ぎて

二回目のリハーサルは疾うに過ぎ、三回目のリハが目前に迫っています。かつての発表会が2月後半~3月のパターンしか知らない私としては実感が湧きません。年明けて、「(不安と緊張が募って)もういっそ早く当日になってくれ」と本番までジリジリするのがいつものことでした。

少し前のニュースなのですが、

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小鳥がさえずりながらタップダンスを踊るように両足で足踏みする姿を、北海道大の研究チームが撮影した。異性への求愛行動とみられ、高速で複雑に踏みならす姿は珍しいという。19日、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に論文が掲載された。

http://www.asahi.com/articles/ASHCL5D7THCLIIPE012.html
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1秒あたり30コマの映像で見ると、鳥がさえずりながらピョンピョンしているだけにしか見えません。しかし300コマの映像を見ると、一回のジャンプで3~6回の足踏みをカタカタカタとしているのです。これはなかなかすごいですね。ぜひリンク先から観てください。

鳥はヒト以外でリズムに合わせて運動できる数少ない動物です。動物はそれぞれ固有のリズムをもっており、リズミカルな動きも十分にできます。しかし、「外部から与えられる」リズムに合わせて運動する能力を有しているわけではないのです。

4年ほど前の記事ですが、
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多くの動物の運動にもリズミカルなパターンがあり、中にはリズミカルなダンスそのものを披露するものもいる。しかし、動物たちはもともと持っているリズムのパターン以外に、「外部から与えられる」リズムに合わせて運動する能力を持っているわけではない。

「音楽に合わせてダンスをする」動物のビデオを解析すると、音楽と運動の同調が認められた動物は、オウムの仲間数種とゾウ1種のみで、イヌやウマ、サルなどでは確認ができなかった。その結果によれば、ヒトにとって容易な外から与えられた「リズムに合わせて運動する」ことが、動物一般にとっては当たり前ではないことがわかったのである。

リズムに合わせて運動できる、ヒト・オウムの仲間・ゾウの共通点は「発声を模倣する」という能力。この「発声の模倣」は、「新たな発声パターンを獲得する能力」と言い換えることも可能だ。

http://news.mynavi.jp/news/2011/10/19/015/

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人間が文化や世代を超えて「音楽に合わせて踊ること」が、実は「言語能力」に関係があることを示しているようです。

また、リズムに合わせるのはただの「反応」「反射」ではなくて、「予測・予期」したうえでのパターン認識に基づいているとのこと。

神経系や言語能力はもちろんですが、ヒトは外的リズムに乗って、ダンスなどを通じて仲間とコミュニケーションを取ったり、感情を共有してきています。今回の研究は、そのようなことを可能にするモノがいったい何なのか、その生物学的な基盤を探るひとつの手掛かりとして有用なようですね。

魂の十六連射ッ

お久しぶりです。

なんと二ヶ月の空白です。

今年のハロウィンは寝落ちしました・・・と書くとだいたいの感じはお分かりかと思いますが、まぁなかなかイージーモードなエブリディとはいきませんね(苦笑)。

忙しいというよりも気力の消耗が激しい感じです。実感できない「首の凝り」が原因かな?

 

さて、一足お先に発表会。

先月の話になりますが、太極拳の発表会に実行委員として参加してきました。私の役割は「CDを交換するだけの簡単なお仕事」です。不慣れなこともあって、スムーズにやるのは意外に難しいですね。実行委員も兼ねていたので微妙に緊張していたのか、発表会までの18連勤があっと云う間に終わりました。

 

こういう音楽係をやりつつ、演武もするという・・・・自分の出番が来ると、CDをセットして、チャチャっと着替えて、司会にスイッチonをお願いして、所定の位置でスタンバイ。

なんかもう全然ですよ、いろいろと(笑)。

 

もうちょっとこう、軽く集中する時間が欲しいですね。

 

昨年のフリーウェイのハロウィンでも披露しましたが、今回は細部までほぼ完全な道教の法衣で身を固めつつ演武に挑戦。

今回の為に覚えたのは「太極剣52式」ですが、先生すら「忘れちゃった」代物で、20年以上前の先生の動画を見て覚えました。なので、間違っても誰も分からないのです。気楽かというとそうでもなく、やっぱり「見えない」ところの武術的な合理的身体操作の基本がなっていないとあんまり意味がありません。今回は型をなぞっただけでしたね。

こういうのは「発掘作業」ともいいまして、これを見て先生がぼちぼち思い出すこともあるので(身体が要領を覚えている)まったくの無意味ではありません。そうすると皆で型やコツのシェアができるわけです。

 

 

最近、というか今頃知った「水曜日のカンパネラ」

「桃太郎」

 

 

 

発表会でこの曲を使いたい。使いたい(笑)。

魔玉

「魔玉」(まぎょく)です。

 

コレってなんだと思いますか?

植物です。多肉植物ですね。

学名:Lapidaria margaretae
和名:魔玉

南アフリカに生息する多肉植物。

 

この年になっても知らないコトというものはたくさんあるもので、こういう植物があるのだなと感心しました。素敵な名前です。

「どうみても石にしか見えない植物」

http://labaq.com/archives/51846233.html

不思議な形。プラスチックのような色合い。趣のある名前。これは欲しい。お値段もそんなに高くなかったのでさっそく通販で購入しました。便利な世の中になったものです(笑)。ちょっと入荷してはすぐに売り切れを繰り返すようで、意外に人気があるみたいですね。

届いた実物を見た時はちょっと感動しました。これは植物なのかっ?と。

しかし、欲をいえばですが・・・やはり通販。まして動植物。紹介サイトに載っているような超”典型的な石ころ”みたいなモノは届かないですな(あれはおそらくかなりグレードの高いものだと思われます)。

栽培方法は「夏休眠の冬成長型」というタイプで、夏はほとんど水をやらなくてもよいそう。水をやらなくてもいいとなると逆にやりたくなるのが人の心理。うずうずしますね。この記事を書いている今はもう9月の初旬なので、ぼちぼち生育開始のようです。もうちょっと水をやる回数を増やそうかなと思います(まだ2回しか与えていない)。冬は3℃以上あれば外でもいけるようです。

 

写真を比較してみると、なんだかすこし成長しているような気もしますが・・・・?

届いて2,3日の状態。

 

2週間くらい経過。ちょっとつっかえているみたいなので、植え替えしようかなと思ってます。

 

 

こうなってくると、あと2,3個欲しいですね。

 

雰囲気で、書いてイイこと悪いこと

革命に犠牲はつきもの。

世界における革命のおおよその犠牲者数。

清教徒革命 1642~1649 15万人(うち、アイルランド人4万人)
リビア革命 2011 8万人
文化大革命 1966~1977 400万人
ロシア革命  (1905~)1917 6600万人

日本の革命っぽい内戦 戊辰戦争 1868~1869 5千人

 

フランス革命 1787~1799 200万人(ナポレオン戦争入れると490万人)

 

暴力反対!平和!平和!話し合い!そんなこと言ってる集会を「フランス革命」っていうのは皮肉か何か??

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音楽家の坂本龍一さんは「政治状況ががけっぷちになって、日本人に憲法精神が根付いていることを示していただいた。フランス革命に近いことが今まさに起ころうとしている」と語っていた。

弁護士ドットコムニュース

http://www.bengo4.com/other/1146/1287/n_3612/

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宝塚ファンの方ならけっこう詳しいと思うのですが、フランス革命とは「王政から共和政への転換」であります。そして上記の数字からもわかるように実はものすごい数の人々の犠牲に成り立っています。「王政」から「共和政」になった途端、ルイ16世、マリー・アントワネット妃などの王族や貴族がギロチンで処刑されたことはご存知かと思います。坂本龍一は、日本がこういう状況になることを期待しているのでしょうか・・・・?

 

 

あるいは「フランス革命」を舐めすぎているのか・・・?
革命のために諸外国を敵に回し、当初は自衛のためとはいえ各国を侵略して一大帝国を築く元になったフランス革命を。
大きく違うのは、彼らはそれでも「愛国心」を持っていたこと。デモをしている連中には「愛国心」など微塵もないように感じます。

 

 

西宮 の おばちゃん

14日夜「ほたるの墓」放映してましたね。
これが放映されると必ず巻き起こるのが「西宮のおばちゃん」論争です。主としてネット掲示板などで繰り広げますが、今回も盛り上がりましたね。

「西宮は悪魔の棲む街」とまで言われる始末(笑)。ご丁寧に西宮市のホームページまで掲載。

大方の予想通り、容認・擁護派と否定派が分かれますが、今回は「正論ウゼエェェェェェェ!!」というのが多かったように見受けられます。「西宮のおばちゃん」の言い分もわからないでもない。しかし、その言い方とか云々・・・と云った具合で。

 

とにもかくにも、「西宮のおばちゃん」ほど(ある意味において)完成されたキャラクターはいないと思います。「親戚」の二面性。裏に潜む独特のダーティさ、陰湿さ。女性の「感情」の負のベクトル。時流に乗り、「お国の為に」張り切りすぎ、それを他へ同調強要する悪い意味でのノリの良さ。

えもいわれぬ後味の悪さが凝縮し、時勢や状況により如何様にも変化する生物的な「人間」性を如実に描いたという点で、傑出したキャラクターだと思います。

 

個人的な所感ですが。

「正論」。

個人的に思うのはですね。正論では人は救えないのです。