心の糧

先のブログに片山さんより有難いコメントを戴きましたので、
原文のままで転載させていただきました。

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マイケル・ジャクソンのもう一つの良い言葉…
あなたにとって成功とは… に応えて、

自分が成功したと思える程度に、人々も成功したと思ってくれる事。時として自分では失敗と思っても、人からは大成功と褒められるがうれしくない。自分では大成功と思っても、人からは然程の評価が得れない時も、うれしくない…

と言った内容のものでした〜。

後、ハープ奏者の第一人者、雨田先生が貴方からもミンナに是非伝えて下さいって言われてた、「歌やダンス」には力があるって話…。
彼によると、人間は、人らしきものになって、600万年!?と経つそうですが、実に人間が言葉らしきものを持ったのは、3-5万年前の事で、それまでは、歌ったり、踊ったりして、コミュニケーションしてたらしい。もしくは言葉らしきものは、当初は歌のような抑揚がついていたとも考えられている。歌と言うよりは、ターザンの雄叫びのようなものであったでしょう。うれしい時は、「ホッホッホッ」と言いながら、足を鳴らし、木を鳴らして、踊ったはず…。だから、言葉ってもどかしいもんなんだよ。人の存在時間のわりには、言葉はかなり後半に出てくる。それ以前は、ずっと、抑揚のある声をだし、踊っていたはず。だから歌やダンスには、言葉にならない、そのもどかしい感情を言い表す力がある。言わば、心の栄養なんだよ〜って。ボクは、現代人が、もっと良い音楽を聞いて、自分でも演奏して、歌って、踊れば、訳の分からない殺人やイジメはなくなると信じている…って、熱心に教えてくれました。
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混沌とする現代社会においては個性は時として不必要。あるいは誰かが作った「商品」であり、またマスコミのあてがいぶちに過ぎません。その中で、自己の表明活動として「表現」するからこそ、そしてその表現が他者によって「承認」されるからこそ、「今、そこにいる自分」を明確にできるのかもしれませんね。
   
   
  

1973年、中国青海省大通県出土の「原始舞踊紋 彩陶盆
推定年代は5000年前。

踊る時

スタジオライブが大盛況だったようで、そういう時こそ観に行けなくて残念でした。プロ科1年生の人たちも先のHHSCでは元気がありましたし。

片山さんのブログから引用ですが、
「・・・・歌やダンスには、それだけでは終わらない、何か人を感動させる力がある。元気をもらう事が出来るんですね…。何か人の心に入って行く、何か特別な力があるのではないでしょうか?」

私もそう思います。
洋の東西の違いはおくとして、近代に入って身体と精神を学問的に区別して捉える風潮が広まり、精神生活と舞踊は次第に切り離されていったように思います。しかし、宗教儀式や祭事においての舞、集落での集団での踊りなど、太古の昔から人々の生活の中にあり、人心を結びつけ、時に「神(あるいは精神の奥の奥)」に通じる重要な活動だったことは間違いないはずです。心理面で社会的な役割を担ってきたと言えるでしょう。

  

  

「踊る時に何を考えているのでしょうか」という問いに答えて曰く、

  

 踊る時に考えるのは最大のミス。
  感じることが大切なんだよ。
                     ━Michael Jackson

蝉の初鳴きを聞きました。

  

  

 

夏です。私は夏が好きです。
それもこの7月の、今まさに頂点へ向かう上り坂にあって現在進行形の盛夏が大好きです。8月になってしまうと、いくら暑くてもそれは下り坂にある残暑に過ぎません。翳りが見えてしまうのが何とはなしに寂しくなります。

 

日本人と欧米人では、虫や鳥の鳴き声、ひいては川のせせらぎなどの自然音に対する認識が違うという話を聞いたことはありませんか?
それらがただの雑音ではなく、鳴き声あるいは音色として認識できるのは特に日本人と古代ギリシャ人(?)が秀でているそうです。人間の右脳は音、左脳は言語。日本人は蝉や虫の音などは左脳で聞き、「ミーンミーン」「ホーホケキョ」といった言語として認識しますが、欧米人は右脳つまり雑音として認識するらしいのです。また、言葉や日本語独特の母音にも関係しているそうです。

鳴き声の美しい蛙を飼育するために「河鹿籠(かじかかご)」と呼ばれる専用容器が存在したり、野鳥を飼育し声の美しさを競わせる文化があったり、鈴虫に代表される様々な鳴虫の飼育法が昔から伝えられていたりしますように、音に対する感受性は「風情」あるいは「情趣」というようにも言い表されてますね。言葉的に理解しているということでしょう。

  

 

一方で、ダンスのレッスンでも「ここはサッと横を向く!」とか「脚はビュンと動かす!」とか、先生方がフリや動作の説明されているのを聞いたことがありませんか?
その「サッ」や「ビュン」こそが日本語の特徴である「オノマトペ」です。擬音語と擬態語の総称で、音の模倣によって物事や動作を命名したり、それによって言葉を作ったりすることをさします。状況や動作のニュアンスなどはほぼ問題なく伝わりますよね。

自然の音色を言語化して聞き分けることができ、また動作や状況を音で表すことが出来る日本人の中でも、関西人はとくにその傾向が特に強いみたいです(笑)

ちなみに、他言語では類したものがない最高傑作と呼ばれるオノマトペがあります。
無音状態をあらわす「シーン」だそうです。

黄色と黒のアレ

8日に開催された17th.HHSCも無事に終了したようで何よりでございます。片山さん、Mei主宰殿、スタッフの皆様、お疲れ様でした。今回はショーケース第一部・第二部ともに充実していましたね。初っ端からプロ科チームの勢いでテンションを上げ、歌とダンスを適度に挟み、(リハしか見てませんが)噂のPassionTime、世界最古の管楽器ディジュリドゥの音色、etcetc・・・良かったです。

しかし、出る前は何であんなに緊張するのか・・・。

     

    

さて、今回使用した「工事現場の棒」ですが、一部の皆さま方には非常にウケけていただいたようでありがとうございます。(※´∀`)

当初の予定は「モップ」でした。しかし、長い物(150㎝以上)が入手できず中止。他に「高枝切りバサミ」「虫捕り網」「鍬」「物干し竿」「測量棒」などの代替案を経て「工事現場の棒」に至りました。たまたまコーナンで安価で扱っていたおかげでもありますが。

今回はドラマチック(笑)に音に合わせてみようとチャレンジしました。ところが、テンポに合わせる事に夢中になりすぎてしまうと気が焦ってしまい、動きが力んで硬くなったり止まってしまったりして「形」としても「動き」としても意味をなさなくなってしまいます。力押し的な「厳つさ」を表現したかったわけではないので、そのあたりは失敗かもしれません。ちなみに、形の名称は「五郎棍」と云います。

服も工事現場の棒に合わせようとしたのですが、予算と時間の関係で予定通りに。

あれこれ考えるのは楽しいですが、本番が近づいてくるにつれ緊張感と不安感が高まってくるのは辛いですね。その分、終わった後の解放感ドップリが心地よかったです。

不思議やなはや深更になるままに。夜の燈火幽かなる。
光の中に人影の。あるかなきかに見え給うは。如何なる人にてましますぞ・・・

怖くて夜トイレにいけなくなった人はこちらへ。
魔除け

試み

本日はレッスンが終わった後、少しだけスタジオをお借りして試してみました。HHSCにあたって、天井のライトや観客に得物を当ててしまわないか、確認です。スタッフの皆様、ありがとうございました。

本番ではもう少し短いものを使いますが、予想よりも・・・ということが何点かあり、調べておいて良かったです。当日に分かると焦ってしまいます。

大事なのは軸と重力・・・・そう、JAZZと初級バレエで培った軸の感覚が役に立ってます。しかし、得物の動きが「腕の延長」の動きとなっていなければならないのですが、正直なところ、本当に「形」だけの形骸にしか過ぎないレベルです。とはいえ、形だけとはいえ、単に「打つ・突く」だけではなく、押し飛ばす・巻き込む・押し当てる・引っ掛ける・擦り下ろす・ねじ込むetc様々な想像力で観ていただけるとありがたいです。

河川敷

とりあえず、練習中。あまり日がありません(笑)。
シロツメクサが咲き乱れ、ヒバリが囀る中での練習。
鏡がなくても平気です。

河川敷

不思議の四文字

 自転車での通勤途中にたまたま見つけてしまったのがこの神社。

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名前が読めますか?
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と書いて「サムハラ」と読みます。

 

神社の名前が変換できんのです。

これは「神字」と呼ばれるものだそうで。

ここで祀られているのは「造化三神」と呼ばれる神様です。この三神をあらわす言葉が「サムハラ」ということのようで、外部からの穢れをさけて開運と成功を祈る祝詞のようです。
字自体に力がある、ということですね。

さらに「奥の院」が岡山にあるとのことで、たぶん日本一遠いんじゃないでしょうか・・・。

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こういう御利益があった人の看板がいろいろかかってます。手書きがなんとも言えない雰囲気を醸し出しています。これは女優の浜木綿子さんですね。
おまけに神社のとなりが「大阪府警第一方面機動警ら隊本部」です。パトカーがゴロゴロいます。ここは昔、弾除け神社と呼ばれていて、戦争に行く兵隊さんのお守りとしても人気があったようですので、それにあやかってのことでしょうか。

小さい神社ながらもその個性は強く、それでいて味があります。誰も来てないのかなと思いきや、地元の人がポツポツと訪れてます。私も御参りついでに、ついついお守りを買ってしまいました。「サムハラ」の4文字が刻印された銭が入ってました。これはご利益ありそうです。

ちなみに、この近くには「島田酒店」という吟醸酒、中でも古酒・熟成酒といった酒を中心に扱っているお店があります。地下で利き酒ができるようですね。
我と思わん酒豪はどうぞ(笑)

メモリアル

本日はたしかJAZZ-03@EXTRA LESSON -“MichaelJackson memorial”
(※私が勝手にそう呼んでいるだけです)
受講したかったですね。

今日は休みでした。午前中は用事を済ませ、午後からは阿倍野で
やっていた「古武道大会」という演武会へ見学に行ってきました。
なんといっても入場料が無料なのが大きいです(笑)。まぁ、別にブログに
書くこともないかなと思ったのですが、なかなか印象深い演武がありまして。

「筑後柳河立花藩御留流 楊心流(薙刀術)」
長・・・・・・・!!!
すっかり忘れてしまい、帰ってから調べました。広島で伝承されている
流派です。腰元や御殿女中が遣う武術で、御留流というのは他藩へ
伝承・持ち出し禁止ということです。
どんなものやらと思っていると、年季たっぷりの先生を先頭に華やかな
振袖に身を包んだ若い女性の一団がしずしずと演武場に
入場してきました。彩のある振袖姿にタスキ掛け、白い鉢巻に白い足袋。
よくある薙刀のイメージを覆します。ギャルっぽい人もいましたが、よく
似合ってました。

何組かに分かれ、集団での演武が始まりました。見た目によらず、
軽快な足さばきを伴う激しい演武です。掛け声と打ち合う音が会場に響きます。
振袖姿とも相まって、こんな華やかな演武を他に見たことがありません。

次に、受け手が薙刀から木刀に持ち替え、攻め手が特定の技を
繰り出す組み演武が始まりました。ところが、失敗したり
タイミングを外したりすると攻める方が逆に打たれてしまうという
厳しさ(もちろん寸止め)です。5人のうち2人が失敗していました。
私は初めて見ましたが、ご一門の皆さんの凛とした姿にはなかなか
目を見張りました。

あと、この演武大会を見て、演武をされる皆さんの「行儀の良さ」というか
品格めいたものを感じました。その立ち居振る舞いの奇麗さがとても
印象的でした。
この品行方正さこそ、失われたと言われて久しい日本の姿・・・・・・・
とまでは言いませんけど(笑)。私も見習いたいものです。


※参考画像

急逝

マイケル・ジャクソンが急逝しました。
今さら何を語りましょうか・・・・・。

そのマイケルのためのゲームがあったのはご存知でしょうか?

プレイ画面

また、マイケル・ジャクソンは「世界空手道連盟 士道館」という
空手団体の名誉五段です。1996年のことです。

様々なゴシップやバッシングがありましたが、それが事実に
基づいたものであるかどうかはわかりません。
しかし、彼の作品や音楽が多くの人に感動を与えたことは事実です。

話は変わりますが。

夜は「仕事人」の最終回を観てから「たそがれ清兵衛」を観ておりました。
終盤。先のブログにも書きましたが、田中泯演じる余吾善右衛門との藩命による対決シーンは一種異様な雰囲気です。主人公を前にして幽鬼のようにたたずむ中、急に血肉を得たように剣を振るうその動きには大いなる畏怖を感じてしまいます。そして討ち取られて死に逝くのですが、その過程の肉体的な表現力にはすごいものがあります。
田中泯は1945年生まれの舞踏家です。私は一度だけ舞台(最終舞台公演)を観たことがありますが、その肉体は大自然の中で練り上げられた美しさがありました。とてもではありませんが60歳の肉体ではなかったです。
筋トレで作り上げられた人工的なものでもありません。
毎年、中部地方でダンス・舞踏・民族舞踊・パフォーマンスその他芸術の大イベントを主宰されているのですが、なかなか行ける機会に恵まれておりません。