22nd.FREE WAY DANCE FESTIVAL を終えて-01

『スペイン風邪』というのをご存じか?

いまからおよそ100年前の大正時代に日本のみならず世界中で猛威を振るったパンデミックである。現在のコロナも結構深刻ではあるけれど、今の段階ではまだまだ「スペイン風邪」ほどひどくはない。

コレラ、ペスト、天然痘etc・・・人類はその歴史で様々な疫病を経験し、潜り抜けてきた。今回もたまたまこういうタイミングだった、それだけだ。

以下、詳しいところから抜粋
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1918年1月から1920年12月(大正7~大正9)までに世界中で5億人、当時の世界人口の約4分の1が感染したスペインかぜ(1918年パンデミック)。
人類史上最悪の伝染病の1つとされており、米国では大流行初年に平均寿命が約12歳低下した程でした。

香港の英字メディアが先日、当時の日本の状況を伝えるポストを配信。
学校が全国的に休校になった事や大相撲が休場になった事などに加え、以下の点が日本政府から国民に向けて通達された事を紹介しています。

・他人とは1メートル距離を置く
・大規模な集会は避ける
・電車やバスに乗る際にはマスクを着用する
・マスクがなければハンカチで口と鼻を覆う
(以下略)

※全文はソース元で
https://rebrand.ly/4zskx7q

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実は今とあまり変わらないのです。そういう意味では安心・・・か?
そもそも人間のみならず、生物というのは未知の病気には弱いのは大昔から変わらないのです。とはいえ、100年前の教訓が今に生きる、今に残すことができる日本のすばらしさ。言い伝えを暮らしに取り入れ、生きる力を未来に伝えることができるのが日本人の特性ではないでしょうか。

百年前のアメリカ「マスク?んなもんつけねーよwww」

現在のアメリカ「マスク?んなもんつけねーよwww」

もちろん文化的な違いもあるので一概には言えませんが、日本の教訓を残す文化と衛生観念がここに来て生きてきたと思います。

 

さて、このような時期に発表会を開催することの是非が問われてしまうという、私も未経験の状況。出る側としては・・・・・・やるならやるで、やらないならやらないで、どちらでもいいかな?というくらいのものでした。
まぁ、スタジオにはそういう空気は1ミリもなかったですが、最終リハでいきなり片山さんがちょっと真面目な話をしてきたので「みんな具体的に気が付いた」みたいな感じはありました(笑)。

そもそも、人類の歴史上、世界レベルの疫病が何度も発生しましたが、私は遭遇するのは初めてです。というより、日本人のほぼすべてが未経験&未知だと思います。なので「こういう時は考えても仕方ない、か」ですね。

『当たり前が当たり前でない』という日本の恩恵を思い知るには良い薬です。あまりにも平和ボケしすぎた、国民としてわがままが過ぎた、改めるためには良かったのかもしれません。

かくして「天の岩戸開き」となるべく開催されたフリーウェイダンススタジオの発表会。はたしていかなる結末か。

 

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「発表会」というのは?

ただのフィットネスではなく、その根底には舞台芸術、芸術活動であることを忘れないためのものとして必要不可欠な過程・・・・・・・・。そういう認識はありますが、いざ「発表会に出ませう」となると「いや~ちょっと・・・」となります。

ズバリ書いてしまいますが、「社会人」にとっての発表会というのは、

時間がない、面倒くさい、お金がかかる、付き合いで仕方ない、気疲れする、(スケジュール的に)拘束される、上手くいかない、不安しか募らない、緊張するだけ、恥ずかしい、意味あるの?etcetc・・・・・・・・・・・・・・。

このネガティブの山盛りを「楽しい」の一言で帳消しにできますかっ?! 楽しいのは、終わった直後の解放感しかないッ(これは本当に出てみないと分からない)。

〇発表会に出るまでの心理的変化(笑)。個人の感想です。

00.発表会の告知がちょこちょこっと出始める。

01.あ~またこの時期が来たな~
02.愛想笑い(面倒だな~)
03.愛想笑い(お金もかかるな~)

※心の紆余曲折あり

04.前回出てないし、仕方ないかなぁ・・・・

05.仕事のスケジュール、大丈夫そうかなぁ~

06.やる・・・か・・・

07.支払いだ~
08.はぁぁぁぁああぁぁぁあ (諦めとスケジュール的不安が交錯するひと時)

※何らかの事情で最悪、発表会に出られない可能性は想定する

09.クラスで、あーでもないこーでもない(やや楽しい)
10.この衣装で、この設定で、云々・・・(ちょっと楽しい)

11.衣装が決まらない、上手くできないっ!
(ここは衣装や設定に凝る人だけの段階。あまり無い)

12.リハーサルめんどくせーめんどくせー(第1回目リハ)

13.つかの間の一安心
14.あーでもないこーでもない

15.リハーサルめんどくせーめんどくせー(第2回目リハ)

16.服が間に合わへんがなッ
(初めての経験。仕方なく衣装の設定を変えて、別のところで調達する)

17.明後日、発表会でもかまへんで(不安感が募ってくるので早く終わらせたい)

18.リハーサル緊張するー緊張するー(第3回目リハ)
第三回目の総見が実質、発表会みたいなもの(苦笑)

19.明日が発表会でもかまへんで(この勢いに乗じたい。不安感もある)

20.まぁ・・・・何とか・・・なるでしょ

21.明日、か(言葉にし難い心境)

当日
22.はぁぁぁぁぁぁ(ゲネが終わってテンション上がる)
23.(*´Д`) (待っている時間で体がダレてくる)
※出番が多い人はそんなヒマはありません

24.はぁぁぁぁぁぁあ(本番)
25.はぁぁぁぁぁぁ・・・(終わった~という解放感)

明日からまたいつもの日常が始まる。

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結論から言うと、「発表会(当日本番)」というのは”結果”でありいうなれば”消化試合”でしかなく、むしろそれまでの「過程」こそに大きな意味があります。ダンスの技術的な上手い下手は問題ではありません。それ以外の要素が大きすぎて・・・。

〇参加を決意する、すなわち時間と資金の工面という社会人にとっての重大任務が爆誕する。

これをクリアすることが肝要であり、社会人にとって上手・下手は本当に関係がない。
これはさすがに自分でやるしかない。誰にも代わってもらえないのだ。

〇意味など最初から無い
「社会人の道楽」という視点から見ればそもそもからして「意味」や「見返り」「得るもの」を求めることなどが無粋。金はかかって当たり前。「投資」ではないのだ。

「出来たところで、誰も褒めちゃくれんがな」

 

緊張や不安、たまには驕りで心の株価はいつだって上下動。
乱高下もたまにあります。

 

〇試行錯誤に次ぐ試行錯誤。
先生の見守る中、時には厳しく時には優しく、ともに乗り越えていく。
自分の心身への挑戦でもある。

これが一番楽しいのかもしれない。

「やるか、やらないか」なのだ。

ルーク「わかりました。やってみます」

ヨーダ「違う。やるか、やらないかだ。”やってみる”などない」

Luke: All right, I’ll give it a try.
Yoda: No. Try not. Do… or do not. There is no try.

〇舞台という、日常ではない空間を経験する その1
立ち位置の移動という要素が加わる。
移動自体は平面であるが、時間の経過や他の人との連携が加わるので複雑になってくる。

おおよそのスポーツやフィットネスでは体験することができない。

舞台から観客席を見た景色は日常生活では絶対に見ることがない。

 

〇舞台という、日常ではない空間を経験する その2
本番当日のみ、経験できる。
どこのパワースポットよりもエナジーに満ち溢れ、時間と空間の摩訶不思議の真っただ中に存在する自分が居る。

情報もよかろう。しかし、生の体験は強い。<大島 渚(映画監督)>

〇要するに人生の疑似体験である

振りが覚えられない、上手くできないといった「小さな間違い」を繰り返すこと。その都度立ち止まって、一所懸命考えて、次の行動へと踏み出してゆく。そうした経験から多くの事を学んでゆく。あるいは折り合いをつけていく。
このような失敗の数々も、しっかり踊れる身体と健康があってのこと。それを忘れてはいけない。

目先の良し悪しに捉われず、全ての物事には価値があり、表面的には失敗・挫折・不運のように見えてしまっていることでも、全て自分の成長のために用意されている順調な試練という、舞台という芸術活動を通しての人生の疑似体験。

〇「結果」ではない。「過程」だ。この「過程」がたまらなく面白いんだ(と後から思う)。

『転んだってぜんぜんかまわない。むしろ思い切り転んでください。そっちの方がカッコいい』とは、本番前の片山さんの言葉。

 

続く・・・。

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