新元号によせて

新元号が発表されて10日ばかり経ちました。

まぁ、違和感があるとか命令の「令」だとか日本しか使っていない元号は非合理だとか、ああでもないこうでもない、そんな意見ばかりが目立ちました。とはいっても元号が変わろうが庶民の生活はそんなに変わる訳でもなく、むしろ(変わったことで)新しい何かを期待する気持ち、希望の方が大きいような気もします。文句を言うのは何に付けても「アベガー」しか言わない人ばかりかもしれません。

くだらない政治イデオロギーをかぶせて批判してくる存在ってのは、本当に何なのでしょうね?

「令和」ということで、私は命令の令でもイイと思います。
はっきりいって「移民元年」。世界情勢も自然災害も油断ならない時節。そんな中、未だにお花畑に住んでいるのが日本人。「平成」というぬるま湯の恩恵を享受し過ぎてその有難みすらも忘れてしまっている。マスゴミに誘導され、我良しの権利ばかりを声高に叫ぶことに夢中になっている。

内外で国体を揺るがすような出来事が起きても、国民がスクラムを組んで乗り越えるために、今一度、自らの「良心」の命令に従い、襟を正すのも良いかと思います。

元号というのは他の国にはない、日本の「歴史の積み重ねの証」です。
どこの国とは言いませんが、「積み重ね」を持たない国はどうなのか?
積み重などなく、上辺だけを作って壊しての繰り返し。強者におもねり、長いものに巻かれ、裏切り、主義思想も一貫せず、過去も顧みない。

「根無し草」みたいなものです。

そんな国になりたいか?ということですね。

 

そして、4/30には「退位の日」を迎え、5/1には「即位の日」です。ひとつの歴史に立ち会えるのです。私は5/1には「皇室弥栄(こうしついやさか)」を奉納祈祷しに氏神さまへ正式参拝に行きますが、このような節目に立ち会える喜びがあります。神社仏閣への奉納は、こうした立会いの実感がわいてくるのでとても良いものですね。

また、先日、秋篠宮家の悠仁様が中学に御入学なされました。お顔がどことなく明治天皇に似ているような気がします。

いろいろと歴史の転写を垣間見ているような気もします。それは同時に「激動の時代」の到来の予感もします。落ち着くのに20年くらいはかかるでしょうかね。

 

日本が次代へ羽ばたいていけることを願います。

 

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