最悪のビジネスモデルのひとつ

今日は休みです。
旧暦新年明けて二日目。この世の極楽とばかりに家でダラダラとネットをしているのが・・・・・・楽しい。ただ、やり過ぎると眼精疲労から風邪になってしまうのが年を取ってきた証拠ですね。

 

恵方巻を残飯の象徴にしてしまったセブン〇レブン。
恵方巻に限らず、コンビニにおける残飯・廃棄というのはとんでもない量ですが、売り上げのために食い物を粗末にするビジネスというのが大変罪深いと思います。

 

「飢饉(ききん)」  幸運にして現代の日本からは無くなった災害。
食べるものが、無い。とにかく無い。
それだけのことで、希望も明日も愛も情も生命もすべてが無くなってしまう。

「飢饉」の発生サイクルと悪循環。(借り物です)
天災と人災の合わせ技であり、一過性ではないところが恐ろしすぎる。

「天明の大飢饉」では30万人の死者が出ましたが、それに拍車をかけたのが「金に目のくらんだ商人」。 わずかに残っていた米を買い漁って高値で販売したため、人々は種もみを食し、不作のループがとまらない「負の連鎖」へ突入。まさに「この世の地獄」へと発展していった結果でもあります。

コンビニに目をつけられた分野・業界は乱発で沈んでいきます。後に残るのがコンビニクオリティの粗悪品だけ・・・。

恵方巻のことは昨年度も書きましたが、基本的には「船場の色町の旦那衆のお下品な遊興」説支持です。そもそも伝統偽装、大量の食糧を廃棄することが前提、加えて「買い支え」頼みの、まさにお金を吸い上げる売り逃げ商法で運がよくなるわけがない。

クリスマスもバレンタインデーも(いちおう)ハロウィンも、特に「縁起が良い」ことがベースではなくて、その雰囲気を楽しむことがコンセプトなわけで、そのあたりをはき違えた「恵方巻」はどうにも出所が妙だとは思います。仕入れが安い粗悪な韓国海苔を売りさばくのがきっかけじゃないでしょうか。

 

「吉方を向いて丸かぶりをして食べる」

なぜ、敢えて下品にする??

普通の家庭なら怒られそうな、あんな下品な食い方をして縁起が良いわけがないでしょ。食べ物に対する冒とくであると、私は思います。

 

 

2/3は節分祭に行ってまいりました。前厄・本厄・後厄の無事を報告する御礼参りでもあります。有名な大きな神社ではなく神職さんが1人しかいない氏神様なのでこじんまりとしています。だからこそ、じっくりと丁寧に御礼参りをしていただけたのだと思います。
奉納後、雑談をしていて、次に待っている人に気づかなかったのは不覚でしたが(苦笑)。

 

おもえば、スタジオのオーナーである片山さんに「おついたち参りというのがあるんやで~」と教えてもらって以来ですね。人生儀礼として、とても有難く思っています。

A「有名神社仏閣から氏神さん拠点に切り替える」
やはり身近なことが大事なようで。ただし、何も願いません。

B「毎月1日、無理なら月初の参拝をする」
月1回行ける時→月初め→できれば1日、という感じで推移。

C「お酒を奉納し始める」
内心ご利益狙いがあった・・・ことは否定しませんが、同時に日本酒の追求が始まります。アル添(アルコール添加)当然の大手酒造は一切買いません。

『 不味い酒は神さまに失礼ですから 』 キッパリ

D「とうとう昇殿参拝(神恩祈祷)を始める(隔月)」
思い切って依頼してみましたが、神職さんは「神恩感謝・・・ですか」みたいな反応。要するに、あまり誰もやらないから。同時に神棚の設置。

E「神恩のみでなく、時節に応じて”夏越の大祓”や”厄払い”の祈祷をお願いしてみる」
ご利益の追求というよりは、好奇心。基本は神恩が根底にあります。

F「伊勢神宮で御垣内参拝をする」
これを経験させてもらってからは神社仏閣における気構えが違ってくるようになりました。やはり境内においては相応の態度と心でなければなりません。

G「神職さんが作法をレクチャーしてくれるようになる」
ある程度は動画で拝殿内の作法を勉強して行ったのですが、やはり耳学問では実践はならず。ただ、私が作法の大まかな流れを知っていることには感心していただいたようで、それから簡単ながらもご教授してくれるようになりました。

H「ビジネススーツからダークスーツになる」
ビジネススーツは平服よりマシ程度なので、一段階上げてみました。

I「厄が明けて、御礼参り」
節分はひとつの区切りです。同時に、来るべき新たな時代の始まりでもあるこの節目に立ち会わせていただいたことは幸運です。

「当たり前は当たり前ではない」ことを胸に・・・。
本当に、ダンススタジオに通っているだけでも「趣味」を堪能できているのですから、ありがたいことです。

 

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