新しい年への第一歩

本日は連勤が終わってのようやくのお休み。

偶数月であるので「おついたち」の昇殿参拝はしないし、もともと休む予定もなかったので、家でゆっくり寝てました。「おついたち」のお参りは次の休みに行くつもりです。年末の御挨拶の参拝があるので、予約を入れてこねばなりません。

年末の感謝の参拝は、ある意味、初詣よりも重要かもしれません。だいたい「冬至」を希望することが多いですが、今年は平成最後の「天皇誕生日」もありますので、ちょっと迷いどころですね。一年でもっとも昼が短い、すなわちゼロ・始まりである「冬至」は太陽の誕生日です。一方で、平成の世を見守ってこられた第125代今上天皇陛下の御生誕の日に感謝を込めての参拝。どちらも捨てがたいですね。

 

ここのところ、急に秋篠宮殿下の発言が取り挙げられています。
そもそも「大嘗祭」というのは、天皇が即位の礼の後に初めて行う新嘗祭。その新嘗祭とは「生きるための糧に感謝する」収穫祭のようなものです。こう書くとあっさりとした感じですが、新しい天皇陛下が「天皇」として即位した後に行うことに意味があります。天皇陛下の、ひいては日本人の祖であり天孫であるニニギノミコトが天照大御神より三種の神器とともに稲穂を預かったことを「この世」で再現する神事である、と言われています。

 

天照大御神の後継者、そのただ一人にのみ許される儀式であり、まさに「天皇霊」という国家の御霊を親から子へ継承する神事・・・と書けばその重みが日本人には分かるかと思いますが。

それはともかくとして、報道では「大嘗祭」はどういった祭事であるかすらロクな記述はありません。秋篠宮殿下の意図されていることがどこまで反映されているのか。

もし発言を切り取ったような報道がされているのであればそれは大変に礼を欠いていると思います。お金の出所はどこだ、何の税金だ、などと騒がれているの見て、またぞろどこかの団体や某国の手先が喚いているのかな?と勘ぐってしまいます。

 

新嘗祭の一例  (画像は借り物です)

 

秋篠宮殿下の御発言の全文です。

http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/23

『大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。ただ、そのできる範囲で、言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。少なくとも皇室の行事と言っていますし。そういう形で行うのが本来の姿ではないかなと思いますし、そのことは宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。』

海外の要人や世間一般に向けて殊更にひけらかすような開けっぴろげの儀礼ではなく、あくまでも儀式は儀式として、厳粛に静寂に清らかに伝統を大切に継続されていくことの方が大事である、という意図なのではないかと私は思いました。

 

 

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