2018 西宮のおばちゃん論争

13日に「火垂るの墓」が放映されてました。もちろん恒例の「西宮のBBA論争」も勃発。

 

ネットでは擁護派と否定派に分かれて延々論争する、毎度おなじみの光景です。こちらはマスゴミに変に取り挙げられて失速した「バルス祭り」と違ってまだまだ楽しめますね。

 

西宮のババアの鬼畜の所業に憤りを隠せない否定派が放ったキャッチコピーの中で傑作は、

 

悪魔の住む街 西宮

https://www.nishi.or.jp/

 

たぶん前回放送時だったと思いますが、これを超えるキャッチコピーはなかなか出ないですね(笑)。

 

擁護と否定に分かれますが、そのほとんどが観る年齢によって見方が変わるのです。

 

子供ワイ「節子清太かわいそうすぎる…」

思春期ワイ「ババア死ね!!!」

大学生、20代ワイ「清太糞すぎない?もっと大人になれよクソガキ」

社会人、30代ワイ「なんやこの糞ババア、もっと清太に助言してやれよ。このババアが元凶だわ」

火垂るの墓って見る年齢によって見方変わるよな

 

かとおもえば、

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565: 名無しの七氏 2018/04/13(金) 22:27:42.73 ID:+V+ycOdE0
>>344
ニートが多いこの時代、助言が何も意味ないことを知る
結局痛い目を見なきゃ何もわからないんだよ

 

602: 名無しの七氏 2018/04/13(金) 22:28:03.88 ID:vtqcEMI00
>>344
アラフォーワイ、全部戦争が悪いで終結

 

622: 名無しの七氏 2018/04/13(金) 22:28:12.88 ID:g6Wx2Uw1M
>>344
清太もババアも戦争の被害者や
戦争が心も貧しくしてしまうんや
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このような展開もあり、結論が出ないが故にとても面白いのです。
今回は、人の母親のものを強引に売ったことへの非難が多かったように思います。「これお前らの取り分な?」「お前らの分の米よこせよ」って言ってる奴のどこに正論があるのか?と。
また、ババア視点は老害になった証拠という意見も多いようで。(見ている年代が上がってきている?)
さらに、故・高畑勲氏がどう意識して描いたのか、インタビューに残っています。

(アニメージュ 1988年5月号)

それを元にした見解ですが、やはり論議はつきません。

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清太が間違った判断を下したのは確かだが、
全体主義から逆転し個人主義的な考え方が
広まってきた時代(公開当時1988年)において、
多くの人々は清太に共感するようになったのだと指摘している。
そしてさらに、ある種予言のようにこうも語っている。
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もし再び時代が逆転したとしたら、果して私たちは、
いま清太に持てるような心情を保ち続けられるでしょうか。
全体主義に押し流されないで済むのでしょうか。
清太になるどころか、
未亡人以上に清太を糾弾することにはならないでしょうか、
ぼくはおそろしい気がします。
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前述の「清太が悪い」という意見はまさに
高畑勲さんが危惧していた事態である。
もちろん公開当初にも
清太には共感できないという人もいただろうし、
今現在も社会生活を拒絶した清太に共感をもつ人もいるだろう。
しかしそれでも「清太を糾弾する」流れが
これだけはっきりと見えてくるということは
この30年で社会の風潮や「空気」が変わったことはやはり確かなのだ。
全体主義に合わせられない者は悪。
非国民であると。
現代的な言い方をすれば、
社会に合わせられない者の無能さや愚かさは
「自己責任」でありそれによって困窮したり最悪命を落としても
それは同情されないものでむしろ責められるべきものある、と。
そういった視点を意識的、無意識的に関わらず
私たちは清太に向け始めているのだ。

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