20th.FREE WAY DANCE FESTIBAL 第二幕

舞台吊物図(上から)
緞帳、中割、文字幕、大黒幕の幕類のバトン。ドロップや大道具など吊り込んで使用するバトン。照明用のバトンがあります。ほかにも音響反響板、スクリーンなどが吊物としてあります。バトンの本数は劇場によって違いがあります。

 

土方は醜悪な美と悪魔的な変身と嘲笑を引き連れて死者の屍衣をかぶって出現した。死の視点から肉体を観念したこの踊りは昭和元禄で浮かれている日本の首都に真っ赤に熱した太い杭を打ち込み、灰神楽の中で闇をばらまいたのである。(焼け落ちた橋)とは戦争の焼け跡で全身火傷をしながら天界と地界の間に立ち尽くしている人間のことである。天と地の架け橋が燃えているのだ。刻々と死につつある人間のことである。生きたい何としても生きのびたい。耐え忍ぶ痛みと汚らしさ、人間という条件や輪郭をすでに失っているのだ。焼け跡と狂気。

『舞踏譜考察』 和栗由紀夫 より引用

いわゆる「暗黒舞踏」。土方巽(ひじかたたつみ)なんて誰が知っていようか。スタジオで聞いたところで片山さんくらいしか知らないだろう。私もそこまではよく知らないし、そもそも(ライブで)見たことがない。父が「寺山修司」が好きだった関係でその手の本があったのが切っ掛けである。また、大学の時に知り合った知人がテント芝居やそのあたりの暗黒舞踏をギリギリライブで観た世代であったので耳学問として知っている。
私が観たのは土方巽の次世代である田中泯だ。

ダンスにおいて、健康な肉体の美と力の一致がお題目のようになっているのは間違いない。健康な肉体の美と力の一致。それについては異論は一切ない。だが、斜め上にあるものを見に行ってしまうのは私の癖なので気にしないで欲しい。こういうコトも知っておきたいのだ。また土方巽は「欲望のオブジェ、そういう技術を入れておく器が肉体である」と言いながらも「世界で一番遠いものが自分の肉体」という言葉も残している。

考えれば考えるほど分からない世界。非言語的表現に言語で挑もうとする愚かなるスタジオのドン・キホーテこそ私、そういう結論。先生だけが温かく見守ってくれる優しい世界(苦笑)。

3/11(日)本番当日

さて、発表会当日で最初に気になるコトがある。それは楽屋。狭いか広いか、舞台から遠いか近いか、モニターがあるかないか・・・。

12:00:出演者入り開始

今回は「和室」。舞台裏が地下2階に対して3階の和室。「おおぅ・・・」と呟いてしまった。
案の定モニターは無く、鏡もない。まったり感だけが有難い。

和室にはJAZZに出る人と一緒に一番乗り。張り紙をよく見ておらず
「和室ぶち抜きで全部使えるな~」と喜んでいたのもの束の間、女性陣が入ってきて「きちんと男性部屋と女性部屋を仕切って使うんですね・・・」と気づいて意気消沈。
到着してからの持ち物チェックが意外に大事なことは言うまでもない。

ぞくぞくと男性陣が入ってくるなり部屋の感じに微妙な顔をするのが少し面白い。

挨拶も兼ねて浅い会話を重ねる中、TAP最終レッスンで撮った「ソロパート@排莢バージョン」を皆に披露する。概ねウケが良い。なんで次元のチョイスなのかも実に理解と賛同が早い。女性陣はほとんどが「ルパンの曲なのになぜルパンでないのか?」「排莢?」という反応ばかりだったので実に愉しい。

リボルバーの排莢はロマン。ジャラっとな。

男のロマンは男にしか分からぬ。分からぬのだ(悲)。

1215:全体ミーティング
片山さんをはじめとした先生方、スタッフの皆さんとの、舞台前の最後の顔合わせであり、大体のスケジュールの流れを確認する(認識させる)大事な過程でもある。
不安にさせまいという心遣いが有難い。

いつも、だいたいの先生方が言う言葉は決まっている。ここまで来たらその言葉以外に何があろうか。言語表現の限界だ。それを信じるほかはない。そして信じるに値する言葉でもある。

1300:サウンドチェック
TAPグループの音チェックである。TAPマットが敷かれ、音や立ち位置などの確認をする。スタジオとは違うのでこちらも感覚を調整していかないといけない。

画像はイメージです

1315:フィナーレの稽古
全員がぞろぞろと舞台に集まってフィナーレの練習が開始。
トリである「JAZZ05」が終わった直後からフィナーレが始める。舞台裾からササッと出て、おおよその所定の位置に出る、というものである。あとはクラス紹介の時に各個が前に出て、2×8ほど踊るのだ。

私は今回は特に楽しみだ。私とは分からない仮装状態で別の出演クラス挨拶に出るのが楽しみで仕方がない。”次元”でJAZZをちょっとだけ踊れるのだ。JAZZクラスはタバコ強調で、TAPは拳銃持って出ようかな~なんて考えながらやっていた。

いつもながら和気あいあいとして、緊張感は良い意味でも悪い意味でも、無い。そう、「悪い意味でも、(緊張感が)無い」ことが・・・。

「・・・もっかいやりなおすでッッ!」と片山さんが声を出す。
全体的な雰囲気もさながら、立ち位置やフリがグダグダ気味。
「フィナーレだからこそしっかりと引き締めたいし、全員がそろえばもっと良くなる」

「先生方も立ち位置確認したって!」と激しく言葉が飛ぶ。

どちらかといえば本番のみに気が行ってしまっている出演者全員も、一気に身が引き締まるのが雰囲気で分かる。雑談の内容が立ち位置やフリの確認になる。
実際問題としてこうあらねばならないとは思う。楽しかった楽しかったばかりではダメなのだ。やはりそこは舞台。最後の最後まで「演じなければ」ならない。
舞台からはける瞬間まで、なのだから。

けっこう時間をかけて稽古が続く。我々は演者である。本番踊ってオシマイ、ではない。その再確認としては直々に指導を受けられた千載一遇の機会、ともいえる。

私としてもこのおかげで過去最高のフィナーレを迎えることができた。「仮装状態」、「ワンアクション」をプラスできたこと、振りもきっちり踊れたこと。やはり全員がしっかりできたからこそのものだと思うのだ。

1400:ゲネプロ開始

状況が開始される。

ここからが、早い・・・・・!

 

 

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