立春 春来にけらし

1月1日は新暦の正月で、社会通念上の新年。12/23は冬至明けで、22日の冬至は夜が長く昼がもっとも短いという陰の極み。だからこそその次の日は陽の出発点でもあり、太陽の誕生日。これもまた新年。そして「節分」。

節分(せつぶん)とは季節の節目を意味します。立春・立夏・立秋・立冬と年に4回も日本にはあります。季節の「始まり」を意味する節目が4回も・・・。 とりわけ春の始まりなので、2月の節分に重きをおくのです。

2/3の節分。この日は厄除け祈願を済ませてまいりました。「おついたち参り」も兼ねているのですが、一年の感謝を奉る日でもあります。ちょうど一年前、本厄の厄除け祈願に参じ、そして今ここに再び参拝しに来ているという・・・感慨深いものです。拝殿に上がり、神前にて座る。ただそれだけのことがいつもにまして有難いのです。
(我ながら年を取ったという事ですかね)

厄除け祈願ではありますが、心情的には神恩感謝です。ただ「厄除け祈願」としておいた方が神職さんにも話が早いのでそうしています。

未来を憂えず、過去を悔やまず。高きを羨まず、低きに卑屈にならず。中庸。今、ここに在る。今がよければ未来は希望に満ち、過去は良い思い出にもなります。しかし、今が悪ければ未来に絶望し過去を後悔するだけです。

節分過ぎての今年の言葉は、

「有漏時(うろじ)より無漏時(むろじ)に帰る一休み

雨降れば降れ 風吹けば吹け」
一休宗純

でしょうかね。

厄年は「役に立つ年」ともいうので、ある意味、後厄のこの一年しか後にも先にもないのです。思い切り体験してみる意気込みです。

 

さて、今回ばかりは作法に捉われることなく「お気持ち」が体現できたのではないかなぁ・・・と我ながら思いますが、神職さんの反応を見るに遠からずかな、と。
作法については時折神職さんに指摘してもらうことあるので、よく形に捉われているとは言われてますね。
※私が好き好んで玉串などの「神前作法」を独学したり教えてもらったりしただけなので、普通、神職さんがそこまで指摘することはありませんのでご心配なく。

 

「節分」。この節目を境に、世界も日本もこれから大きく変わっていくと思います。
静かに、それでいて確実に動く、そういうことを心がけていきたいと思いますね。

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