お久しぶりです。amemuraです。

随分とお久しぶりです。

この度、片山さんにお願いして環境を復帰していただきました。お忙しいところ、ありがとうございました。

ありがとうございました・・・と。

ここで「ありがとうございました!」と「!」つけるのが私は好きではないんですよね。というよりもむしろ、メールなどで相手方に付けられてしまうと「・・・」となるわけで。

私としてはちょっと喧しく感じるのですが、たしかに顧みれば「ありがとうございました」だけではやや事務的な感じや通り一遍の感じがしないわけでもありません。となると、「ありがとうございました」に至るまでの文で、どれだけの文章力を発揮するかが腕の見せ所になるわけです。これはなかなか難しいし時間もかかる。手早く済ませたい、ちょっと事務的な感じは避けたい。そんな時に「!」。

既にそれが事務的だというのだ! という話(笑)。

まぁ、簡単な方法としては普段から「!」を常用しないで、たまに使うだけでいい。それだけで効果はあります。

 

お笑いコンビ・メイプル超合金のカズレーザーが、10代の訴えに持論を展開。

http://news.livedoor.com/article/detail/14201545/

番組の「本気10代話し場」のコーナーに音大2年生の石綿日向子さんが登場。
「人を見た目で判断しないで!」というテーマを掲げ、持論を展開。
石綿さんは大学進学以降、真面目に頑張っているにもかかわらず、顔つきや服装で「チャラい」と判断される場合が多いのだとか。
(中略)
「外見が近いものは自分と近いもの、外見が違うものは自分と異なるもの」と、瞬時に判断する習性は本能的なものだというのだ。そのため、カズレーザーは「派手な格好をする理由を向こうは推測する」といい、「チャラい」と言われてしまうのは「ごくごく自然なこと」だと説明する。

さらに、自身が選ぶ服装には確固とした理由がある以上、その外見には内面など全てが現れている、と指摘。「真面目に思われたいんだったら、真面目に思われる格好をするべきじゃない?」とアドバイスしていた。

 

カズレーザーはあんな感じですが、わりといいことを言います。

分かり合えない人とは分かり合えないんのだから分かり合う必要は無いし、そのことを気に病む必要はまったくない。

そんなことを以前にもこのコーナーで答えていました。

 

「人を見た目で判断するな」とはよく言いますが、しかめっ面で小汚い格好をしている詐欺師なんていません。そういうことです。

どちらかというと「判断する側」への戒めの言葉であり、外見だけで相手を侮ってはならない、みくびってはならない、足元をすくわれるぞ、そういった訓戒が込められていると思います。

見た目で判断するのは日本特有という意見も耳にしますが、見た目で判断していることをあからさまにするかしないかだけの違いだと思います。ある意味、日本の方が親切かもしれません。

 

「見た目で判断されたくないが、周りに配慮するような服装はしたくない」というのが本音でしょうが、それは少々考えも覚悟も甘い。『その【見た目】で【偏見】に遭おうが自分は構わない、自分は自分』という「覚悟」があれば、カズレーザーのように『奇抜な格好でも【一目置かれる】存在』になれるのです。加えてカズレーザーは磨き上げた知性を秘めていますから余計にそうなってくる。

そして、絶対的に見た目で判断される、【しかるべき場所】では【ドレスコード】があること。それがどういうことの裏付けか、ということですね。

 

ドレスコードの厳しさといえば「伊勢神宮」の御垣内参拝が有名ですが、これは大神さまへの気遣いが服装に顕れているかいないかを神官が問う訳です。

 

『 神前に額ずく時には自ずとその心は表に現れるものです』
・・・とあります。

チャレンジャー精神では無理なのです。ある意味で曖昧ともとれる「失礼のない正装」にどれほどの気を配れるか・・・本人の心次第。また同時に外と内で参拝における軽重の差はないことを知り、そういう点においても服装に失礼がないように心がける。それが肝要です。私も昨年に行きましたが緊張しました。
ちなみにスーツは”正装”ではありません。

 

そういえば、クラブイベントで一回だけドレスコードで弾かれたことがあります。もう10年以上前のことだと思いますが、ゴシック系のイベントがパンピー絶対お断わりのガチだった頃。ある「仮装」でいったら即アウトでしたは。

「イベントの雰囲気にそぐわないのでお断りしますッ!」

これ、「八頭身モナー」では無理もないか・・・・・・。

 

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