「月曜日に自主練しませんか、スタジオで」とHIPHOPのクラスメイトからメールがありました。

ああ、自主練、いいね・・・・・・。・・・。
Σ(;゜Д゜)「!!」・・・・ちょっとまてそれは休講ということですかッッ?!

 この時期に休講はツライ。

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 さて、私は職場でDJを自称し、有線を独占しております(笑)。といってもたまに容赦なくチャンネル変えられてしまいますが。
ヤングナツメロ・オールディーズ・40R&30R&20R hits・SOUL&ROCK名曲選など。

 今の歌はその、感情の発露ばかりで、あれがしたいこれがしたい、ああなったらいいなこうなったらいいな、ばかり。主観的です。昔の歌はどうにもならない情念や浮世のしがらみを理性を持ってじっと制するその姿をせつせつと・・・客観的ですかね。このように感じておりますが、名曲は何十年経っても残っておりますし、世代を超えて聞き継がれます。
「この曲、何かで耳にしたことない?」
「そういえば聴いたことあります!」

 みたいな感じです。

 その中で流れていた「山口百恵」の曲。特に久々に聞く「PLAYBACK パート2」を聴いてからというもの、妙に「山口百恵」にハマってしまって・・・机で作業しているときはYoutubeで曲を流しっぱなしですよ。発表会の曲そっちのけで。

 さて「山口百恵」ですが、タイトルにもありますよう「山口百恵は菩薩である」というのは書籍のタイトルです。
平岡正明(ジャズの演奏家)という評論家が、山口百恵が歌手活動を行っていた時に、表題通り「山口百恵は菩薩である」というテーゼのもとで山口百恵という歌手がどれほど素晴らしいカリスマであるか、ということを語った本・・・だそう。何を持って菩薩とするかという問いに対して平岡正明は、「菩薩だから菩薩なのだ」という以上のことは語りません。それでも1979年の出版当時、この本はかなりの反響を呼んだようです。この本によって、「菩薩」という言葉は、山口百恵に対する形容詞のひとつとしても世間に浸透・・・。レビューなどを見ても「言ったもん勝ち的な平岡の言説を好まない」「山口百恵を知るための手掛かりにはなる」「文体が嫌い」といったことが多く、好悪半々というとことです。

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では、『山口百恵は菩薩である』が今読まれることの最も重要な意味は何かと考えれば、この書物それ自体が、当時の日本で山口百恵がいかなる存在であったか、ということを伝える歴史的物証になっていること──これに尽きると思う。
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 うーん、いちど読んでみようかな?
  
 ちなみに、
「前田敦子はキリストを超えた [宗教]としてのAKB48」
筑摩新書 著:濱野智史

 でっけー釣り針だなぁと思います(笑)。 
  
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 歌声ももちろんですが、この佇まいとこのまっすぐすぎる視線がいいですね。

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横浜ストーリー(後の曲)の方が好きですね。

中森明菜も良かったんですが、それはまたこんど。