あら名残おしの夜遊(やいう)やな
惜しむべし惜しむべし
えがたきは時会いがたきは友なるべし
春宵一刻値千金
花に清香(せいきょう)月に影
春の夜の花の影より明け初めて
鐘をも待たぬ
別れこそあれ
別れこそあれ
別れこそあれ
待て暫し、待て暫し ・・・・

能「西行桜」の一節

 

私の習性でもあるが、どうもテレビとか雑誌とか、大々的に取り上げられ始めると途端に興味が失せる。花見もしかり(苦笑)。もっとも、元々そんなに行っていた方ではないが。

それはそれとして、ここ5年ほど、「花見」の推奨やプッシュが非常に喧しくなっているような気がするのだ。昨年の大震災の反動もあるだろうが、今年は妙に盛り上げよう盛り上げようという方向性を感じる。さらなる商業化? ガス抜き? さも年中行事のようにしてしまいたいのではないかと勘繰ってしまう。 

また、ほとんどの場合付随するものとしてBBQが挙げられる。なぜBBQをしなければならないのか? ゴミが恐ろしいことになっているのはご存知の通り。

本当に「花」を見に来ているのか、それとも「花見」という行為に参加している自分を演じているのか、花を見なければならないという強迫観念にかられているのか、それとも、花見をする情趣を私は持ち合わせていますよというアピールなのか。

作為的な「楽しみ」を「大衆」として満足するよう、操作されている気もしないでもない。

マイナーな趣味を自分で(人目を気にせず)楽しめる人の方が少ない国民でもあるから仕方ないといえば仕方ないだろう。叩いている人間が、いつのまにやらそ知らぬ顔で楽しむ側になる国民性でもある。

そもそも桜ほど日本人の栄枯盛衰、心の美しさも醜さも知り尽くしている花は他にないと思われる。奈良時代あたりまでは「梅」で、「右近の橘・左近の桜」のように平安時代から台頭し始め、鎌倉時代で西行や兼好法師が「桜がいちばんカッケーwww」といい始めたあたりから花木の頂点に立つようになります。奈良時代より古く、花見ないしそれに類するものはありますが、いずれにしても、基本、富裕層・支配層の遊興・社交です。江戸時代になってようやく庶民あたりに普及してきます。

散り際云々の話は、軍国主義(というより時の為政者)に利用されていたのはご存知の通り。潔く散るのが武士、なんてのは江戸時代の体制によってサラリーマン化された「武士」で、鎌倉~室町、戦国初期の武士だと、切り払ってもドンドン生えてくる葛とかドクダミくらいしぶとい。

 日本人の感情を掻き立てるとても便利な文化的記号あるいは「装置」ではないかな?

  

「桜の樹の下には死体が埋まっている」

という有名な表現は梶井基次郎の「檸檬」が最初だと言われている。日本人の「滅びの美学」なんてものが、果たしてあるやいなや。あったとしても、 誰にとって都合のいい美学なのか。

 

 

用事で京都市立美術館の近辺に行ってきたのですが、まぁ日曜日だけあって人の多いこと多いこと。バスなんて満杯でバス停をスルーしてばかり。疎水も通りましたが・・・・。

 

人のあまりいないところで花見がしたい(笑)

 

 

実は一度だけ経験があります。
佐賀県・有田にある佐賀県立九州陶磁美術館に行った時のことです。ここは小高い丘陵の上にあるのですが、美術館に至る道には桜がたくさんありまして花吹雪の中、美術館へと登って行きました。朝早かったので人はあまりいませんでしたね。

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