立冬です

11/6(旧暦で10/1)は秋の土用明けです。前にも書いたと思いますが土用というのは季節と季節の間の移行期間で、前の季節の力を消し、新しい季節の力を呼び込むというものです。冬の始まりです。よくニュースでは例年に比べて暑いだの寒いだのを取り上げていますが、旧暦で考えるとそうムチャな話でもなく、日本人の生活スタイルには合致しているかもしれません。

 

私は今現在、アメリカの整体的技法の学習をしています。ワークショップ、ゼミを経てようやく現モジュール1に至りますが、今の今までこの技法の「10セッション」と呼ばれる基本ワークを受けたことがなかったのです。断片的にはありましたが・・・。そこで(先生のはからいもあり)学習を兼ねてオーディティングクラスのモデルクライアントとして8月からワークを受けております。先の水曜に第7回目ワークを終え、ちょうど今頃身体が落ち着きました。
もっと早くワークを受けておれば学習の理解度も違ってきたのにと後悔しております。まだまだ先は長いです。いずれは短期の留学にも行くつもりです。アメリカ(ハワイ&コロラド)の本部には有名な高弟がいるそうですが、けっこうな高齢なので間に合うかなぁ?と。 

  

   

尖閣諸島の映像が流れておりますが、何度もテレビで観た「こら~~ッ!!! 止まれ~~ッ”!!!!!」の声が、ダウン○ウンの浜田の怒鳴り声に聞こえて仕方がありません(笑)。
ただ、政府やメディアの動きなどを見ると、
「バカどもにはちょうど良い目くらましだ」
というムスカ大佐(「天空の城ラピュタ」より)の台詞を思い出します。

日本というのは外圧によって変化してきたという考えをよく耳にします。
後年の夏目漱石も「日本の近代化においては、外発的である」と述べています。
歴史を紐解いてみても、白村江の敗戦、元寇襲来、鉄砲やキリスト教の伝来など欧州のアジア進出(戦国時代)、黒船来航、第二次世界大戦。それら外圧に対してのみ集結する日本人の部族的特徴。

  

意見をはっきりと述べる、言いたいことをいう、と学校では理想的に教育されてきていますが、それらが現実ではまだまだ建前であることを思い知らされております。そもそも話し合いなどというものは、お互いの立場が対等で初めて成り立つわけで。えてして「話し合いをしよう」と持ちかける相手は何らかの「切り札」を持っているか、イニシアチブを所持していることを信じて疑わないのです。相手が頭からなめてかかっていたり、仁義も何もなかったらどうしようもないのです。やるだけやったと「ガス抜き」させられて、疲れるだけでお仕舞いです。
「智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角人の世は住みにくい。」@「草枕」夏目漱石

国家間から矮小な人間関係まで、兎に角住みにくい世の中ですが、当たり前な発想や考えから離脱することもひとつの方法ですね。

  
「怖いものに目をつぶるから怖いんだ。よく見れば、怖いものなんてあるものか」
@黒澤明

“立冬です” への3件の返信

  1. あの問題ねえ…

    あの問題というか、おっしゃるようにこういうことを通して、自分たちの行動パターンを改めて知ったりしますね。 
    あんな中途半端な態度だからこんなことになるんだ!と思いながらも、自分個人の振る舞いでもダブるとこがないとは言えないとこもあり、北方領土の問題を読んでいても、ついいろいろ考えてしまう最近です。

  2. あの問題ねえ…

    あの問題というか、おっしゃるようにこういうことを通して、自分たちの行動パターンを改めて知ったりしますね。 
    あんな中途半端な態度だからこんなことになるんだ!と思いながらも、自分個人の振る舞いでもダブるとこがないとは言えないとこもあり、北方領土の問題を読んでいても、ついいろいろ考えてしまう最近です。

  3. レス、遅れました~。
    (ぜんぜん通知がないとは・・・何故?)

    いやホントに、我はいかにあるべきか?というのを
    思い知らされますね。
    「我思うゆえに我あり」とはいいますが、
    現実には思っているだけでは我ありとならないのが
    歯がゆいところです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です