今生の別れ@高野山 其之二

奇しくも9/23の「Teachers Concert」からこっち、ショーありイベントあり芝居あり研修ありetcを経て、10/23の高野山に至るこの一ヶ月。それぞれに心に感ずるところがあり、地味ながらも変革的な一ヶ月を与えてくれたと。

  

朝の陽光と五輪塔
朝の陽光と五輪塔

  

続きですが、宿坊はお寺ですので朝のお勤めがあります。今日当たり、ずいぶん寒くなっておりますが、私は一足先に高野山で寒気に震えておりました。それにしても5:30起床は辛い・・・・・。
勤行の後は住職から説法です。さすがにお堅い話ばかりではありません。むしろ面白かったくらいです。
  

  

 

朝のお勤め後、私と同期は先におとうさんを山に放り込みに・・・・いえいえ、納骨に行くことにし、ツアーメンバーとは後で合流することにしました。奥之院への参道は早朝という事も非常に清々しい空気に満ちていました。時間的にも少し微妙な感じなのでスタスタと早足なのが残念です。

この時間でもぞろぞろひしめいているツアー客をかき分け、奥之院・燈籠堂が見えてきました。いざ納骨の手続きと相成りましたが、そこで大きな問題発生。なんと・・・・・・・・・戒名がわからない!
もちろんおとうさんに聞いてもわからない!
同期は慌てて電話するためにその場を離れました。奥之院手前の休憩所まで走っていったようです。奥之院は原則、いや絶対、携帯電話、撮影、飲食は禁止なのです。本来ならば電源も切っておかねばなりません。時間は迫ってくるし、気が気ではありませんでした。

 

ようやく時間ギリギリで戻ってきて、何とか無事に完了。
そして受付していただいたお坊さんから、
「納骨堂に収めた後、一定の期間をもって弘法大師の御山に散骨いたします。もう二度とご遺骨を見せることも戻すこともできません。今生の別れとなります。それをご了承くださいますか?」
 

知人から既に聞いていた内容ではありますが、実際に耳にしてみると、一瞬「・・・・・・・・。」になりますね。人事とはいえ。

  
おとうさん、ホントに弘法大師のお膝元にいくんですねぇ・・・。
いってらっしゃい。

  

他の何組かの人たちといっしょに燈籠堂の広い拝堂に上がり、いざ法要が始まりました。ひときわ大きな読経が大きな堂内に響き、我々の背後では多くの参詣者が思い思いに祈っています。少し離れたところでは護摩を焚いているようで炎が巻き上がっています。
名前を呼ばれた時に焼香する以外は別に特別なことをするわけでもないおよそ50分間でしたが、特に悲しいとか何とか、そういう気持ちでもなく、実に何とも言えない心境でした。同期を横目で見ると、正座して目を瞑っています。
読経を耳にし、舞い上がる焼香の煙を眺めながらぼんやりと、何とはなく考えておりました。仮に地獄はあっても、天国ってのは、たぶん、無い。そう思いました。天国なんてのは、おそらく「生きてる」人間の感傷の産物・・・・。
生きている不思議と死んでいく不思議を垣間見た思いです。
おとうさん、何かの御縁あって良い機会と経験にめぐり合わせていただいてありがとうございました。

 

  

ありがたや 高野の山の岩蔭に 大師はいまだおわしますなる
ありがたや 高野の山の岩蔭に 大師はいまだおわしますなる

  

その後は早足で集合地点に戻り、ツアーメンバーと合流。徳川宗家の菩提寺や金剛峯寺を見学したり、大師教会で授戒(じゅかい)という珍しい修行体験をさせてもらったりしました。
  

金剛峯寺は、まぁナンと広い。石庭としては日本最大級の「蟠龍庭」、今でも重要儀式の時に使うものすごく広い台所や、「上壇の間」という壁が金箔総押しの部屋があったりします。そこは今でも特別な儀式で使われるとのことで、知人は「私はここで免状をもらったんだよ」としみじみ。

  

  

つがいの龍だそう  

 

169畳あるという接待&休憩所である「新別殿」ではお茶と菓子をいただきました。この御菓子がまたソボクな味で非常に美味いのです。ここでは随時、僧侶による法話が行われているのですが、今回は高野山では珍しい尼さんでした。それがまた関西弁でよぉ喋る喋る・・・・すごく面白いんですよ。
「拍手なんてされたら私、お調子もんやからまだまだ喋ってしまいますがな!」って、戻ってきてまだ喋る喋る(笑)。曼荼羅の説明や弘法大師のことや、あれこれお話されてました。かなり笑わせてもらいましたが、私としては弘法大師が言ったという「発く(ひらく)」という言葉が印象に残っています。

 

高野山の瀬戸内寂聴?
高野山の瀬戸内寂聴?

  

 

お昼は精進料理の美味しいお店で「胡麻豆腐鍋」をいただきました。

  

精進料理堪能
精進料理堪能

  

  

お昼の後、時間の関係で私達二人は一足先に帰宅の途につきました。意外と時間がなくてお土産を買うこともあまりできませんでしたね。大豆で出来たカラ揚げとかヘレ肉、胡麻豆腐を買った程度です。
クルマのバッテリーが上がっていたり云々で、色々ありましたけど・・・。

  

シェイクスピア曰く、
「この世は舞台なり。そこでは誰もが一役演じなければならぬ。」
この一ヶ月余り。私なりのプロットが見えてきたように思います。
そして、自我の中に真我はある・・・と。

また、日本という国の奥深さを改めて知ることができました。どんな時代でも忘れ得なかったもの。それは美意識ではないかと感じます。今の日本と日本人にどれだけの美意識が備わっているのだろうか、と。

 

  

  

持ち帰ってきたパンフの中に、なぜか高野山大学と通信制のパンフがあります。欧州などでは、時代はタントラ(密教学)といいます。また勉強してみるのも面白いかと。今はまだまだムリですが、機会があれば挑戦してみるのも一興でしょう。

 
それにしても、大学生の時にもっとしっかり勉強しておけば良かったな。 

 

  

  

様々な人のお力によって成り立っていた今回の旅行。様々な人への感謝の念が絶えないことを最後に書き記しておきます。

  

 

 

  

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